■ 本能寺 備忘録
創建: 応永22年(1415年)
御本尊: 三宝尊

見どころ:
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戦国最大の政変「本能寺の変」: 天正10年(1582年)6月2日、天下統一を目前にした織田信長公が、明智光秀の謀反により自刃した歴史の舞台。現在の建物は豊臣秀吉公の命により現在の河原町へと遷座・再建されたものであり、境内には信長公の供養塔が厳かに佇んでいます。
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災禍を避ける「ヒの字」の看板: 過去に5回もの大火に遭い、その度に力強く不屈の精神で再建されてきた歴史を持ちます。そのため、「ヒ(火)」が去るようにとの願いを込め、境内の能の字の右側(ヒの文字にあたる部分)が「去」という特別な文字に変えられています。
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織田信長公廟と信長公遺品: 境内奥には、信長公の合戦の衣服や遺骨が納められたと伝わる重厚な廟所(供養塔)があり、併設された宝物館には、本能寺の変の前夜に危険を知らせて鳴り響いたという伝説の茶釜「三足の蛙(みつあしのかえる)」など、戦国の息吹を今に伝える至宝が収められています。

令和5年5月17日。宇治の薫りに包まれ、東山の祇園信仰に触れた濃密な旅路のなかで、烏丸・河原町の賑わいの中に静かに佇む「本能寺」の門をくぐりました。
一歩境内に入ると、京都の繁華街の喧騒はたちまち遮断され、張り詰めたような独特の静寂が広がります。 本堂の奥へと進み、木漏れ日が優しく差し込む「織田信長公廟」の前に立ち、静かに拝礼を捧げる。
既得権益を打ち破り、誰も見たことのない「天下布武」という壮大なビジョンを掲げて、凄まじいスピードで時代を牽引した織田信長公。その生涯がここで唐突な終わりを迎えたとしても、彼が世界に残した強烈な変革のエネルギーと不屈の志は、千年の時を超えて現代のビジネスを率いるリーダーの胸に、熱く、激しく突き刺さります。
「現状に甘んじることなく、常に新しい時代を切り拓く旗頭であり続ける」 大火を乗り越えてなお美しく佇む本堂を仰ぎ見ながら、不退転の先駆者精神を自らの魂に深く刻み込んだ、初夏の特別な夕刻の記録です。
【アクセス】 法華宗大本山 本能寺(Googleマップ)



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